ロッコ日記

一日一日があっという間に過ぎていくので色々書き残すことにした。日記・雑記もろもろ。

近況

記事を書くのが久し振りでどういう風に考えて書いていたのかすっかり忘れてしまった。なんとなく、自分の近況を書こうと思って開いてみたら、なんか記事作成画面の構成が変わっていて驚いた。どこでタグ付けするのこれ。写真投稿は楽になってるっぽい。

 

内定を貰ってからというもの目的の無い日が続いた。かといってやることはある。でも何となくやる気が出なくて、そんな自分にイライラして就活から解放されたはずなのに焦燥感に駆られるという変な気分で毎日を過ごしていた。夏休みになってからは、現実を受け止めたのか知らないけれど気持ちが幾分か晴れて、遊んだり休んだり地元の友達と会ったりお祭りに行ったりプールに泳ぎに行ったりした。

 

今日のメインとなる話につながるけれど、七月に母方の祖父の体調が急に悪くなって、地元の病院に入院した。地元に戻った時には三日おきに祖父に会いに行った。大変なのは母だった。母は、仕事へ行かない時は病院に行き祖父のお世話をし、空いた時間に寂しくなった祖母と一緒にいた。だから、実家の家事は全部自分がしていた。四人ぶんの家事は大変で、母ってすごいなぁとつくづく思った。

 

お葬式から日が経って、心の整理も出来てきたので、忘れないうちに今日は祖父のことを書こうと思う。現実話せないような暗い内容なので、このこっそりと公開しているブログで誰かに聞いて欲しいというのもあるし。

 

祖父は日に日に弱っていった。元気なころの祖父とは別人に見えて悲しかった。

 

母方の祖父母とは家が近いのでよく遊びに行ったし、祖父母も祖父が運転する車で家に来たりした。
祖父は、いつも竹を加工して孫の手や靴すべりを大量に作っていた。
それで近所の人などに所構わず配っていた。母と祖母は「迷惑だからやめて」といつも言っていた。
自分の自転車の鍵には、祖父が作ったミニチュア靴すべりが付いている。

 

祖父は車が大好きだったので、小さなころはよくドライブに連れていってもらった。
ソフトクリームやパフェを食べさせてもらうことが目当てだったけれど。

そんな祖父は入院してから一週間で廃車してしまった。
もう運転出来ないことが分かっていたのかもしれない。


九月のはじめに祖父が亡くなった。
母からの電話を受け急いで病院に行ったら、祖父はベッドで動かなくなっていた。
自分は、身内や友達、親戚の死を経験したことが一度も無かった。
母方、父方の祖父母は皆元気だった。だから、亡くなった人を初めて見た。
母は泣いていた。自分は母の泣いている所を一度も見た事が無かったので動揺した。
祖父に触ったら、冷たくはないけれどぬるくて、それが人の温度ではもう無くて、「ああ、人ってずっと生きないのだな」と思った。
触った感覚が今も手に残っている気がする。

 

それから葬儀の準備をした。
皆ベッドの傍で悲しんでいたのに、急に「お寺はどうする」「何宗にする」「葬式会場は」「このプランが無料になるらしいお得だね」という話になって、現実的になるの早すぎだと思った。

 

祖父が亡くなってからしばらくはめちゃくちゃ忙しかった。
母がずっといないので家事をしたけれど、ゴミ出ししたりとか弟のお弁当を作ったりとか母が必要な物の準備を連絡があったらすぐしたりとかそういうことを四六時中していた。数珠を買いに行ったりもした。

お通夜とお葬式の準備も手伝った。初めて会う親戚にお茶を出し、話をした。

お葬式の時、綺麗になった祖父が入る棺桶にお花を沢山入れる時に、もう二度とこの祖父は起きないのだな、と実感して本当に悲しかった。お花でいっぱいになった棺桶が火葬場に行ってしまって、お骨になった祖父を見た時も悲しかった。もう祖父じゃないと思った。

 

焼かれた祖父の骨は熱気を放っていて、骨壺に皆の手で入れた。火葬場の人が「ここが喉仏ですよー」「ここが鎖骨ですよー」とか言いながら並べてくれたけれど、「よく分かるなぁ」とぼんやりと思った。

 

お葬式が終わってからも色々と忙しかった。
二日間の内定者研修があったのでその一日前に下宿のほうに戻り、その翌朝6時に起きて、23時前に帰ってきてまた翌朝6時に起きてその日の23時に帰ってくるという怒涛のスケジュールをこなした。それが三日前になる。

内定者研修もすごく疲れる内容だったので、研修が終わった翌日は一日中寝てしまった。
今日も全体的にぼーっと過ごした。

 

日が経ったら祖父が亡くなった悲しさも薄れていくかもしれないけど、
祖父のことを忘れないでおこうと思った。

 

 

 

余談だけど、お葬式の日のお昼に親戚一同で食べたお弁当がめちゃくちゃ美味しかった。
父が教えてくれたけれど、お弁当一つでゲームソフトが買える値段だった。
祖父が亡くなっているのにこんな美味しいものを食べていいのか……と思ったけれど、美味しいものは美味しいのでニコニコしながら食べてしまった。

 

終わり。